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今しかできない事を、今やりましょう

四季自然建築アトリエ とうぎ建設・・・社長ブログ

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ホテルニューグランドを知る 
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    ホテルニューグランドを知る 

     

    エドガーアランポー賞から出発した推理作家、山崎洋子さんのお話をまとめたものです。

     

    ○ニューグランドと料理の話です

     

    ニューグランドは世界に負けない料理を出そう、当時の世界料理の最高峰はフランス料理だったため、スイス人のサリーワイルをスカウトした。サリーワイルのお陰で横浜は日本の洋食をリードすることになった。サリーワイルは料理だけでなく色々なものを変えた。日本の料理職人は当事、皿を洗うヒトはずーっと皿洗い、肉焼くヒトは肉だけ焼き、魚焼くヒトは魚だけ焼き、と完全分業になっていた。

     

    サリーワイルは「ここは国際都市なのだから色々な国のヒトがくる。どんな料理もつくらねばならない。」ということで、何でも造れるようにしつけた。当事ホテルのメインダイニングはフランス料理のコースしかなく、体調が悪いヒトでもフランス料理のコースしか頼めなかった。それは苦痛だし楽しくないので、アラカルトメニューをたくさん作ったのもサリーワイルで、今や当たり前のように目にする「アラカルト」はホテルニューグランドが発祥なのである。

     

    今に残る新しい料理もここで産まれた。ドリアは胃腸が悪い外国人宿泊者のために作った料理。米をひいて、その上にクリームソースをかけてオーブンで焼いたものを出したのが始まり。

     

    ナポリタンもホテルニューグランド発祥の料理である。米軍がニューグランドから引き上げた時にスパゲティとケチャップを大量に置いていった。米軍兵士達はスパゲティを茹でてケチャップをかけて食べていたそう。それをケチャップでなく本物のトマトを使ったトマトソースを使い、具を入れたものを作り、それをナポリタンと呼ぶようになった。これがナポリタンの始まり。現代では1階のカフェで当時のナポリタンを食べる事ができる。

     

    当時のニューグランドで修行すれば最先端の料理が学べるということだったらしい。石川町の美松、野毛のセンターグリルはその流れを汲んでいる洋食屋である。



    ※詳しくは山崎洋子著「ホテルニューグランドの魔法」参照してください

     

    ※センターグリルさんに行ってきました。傾いていそうな建物、ギシギシ言う床、風格はなかなかのものですよ。ナポリタンはランチで650円で食べられます。


    次は、終戦後の日本を救った影の立役者、岡崎の話です。



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